異端の古代史のブログ

古代史の定説を切る

人類大移動

異端の人

どのようにして移動したか 
 南米の猿はアフリカから渡ったとされる。
直線距離にして約3000km。木に掴まって海の上を漂流して南米に渡ったらしい。海流がアフリカから南米に向かって流れているから出来た事だろう。スマトラ島からアフリカ・ソマリアまではほぼ5000km。少し アフリカ-南米 よりは遠いが3000kmはよくて5000kmは駄目と言うものではあるまい。海流はやはりスマトラからアフリカに向かって流れている。


 マダガスカルにはキツネザルが生息しているが、その祖先はインドネシアにある。マダガスカルがゴンドワナ大陸から分離したのは一億五千年前。霊長類が生まれたのは5千万年前。だから霊長類はゴンドワナ大陸が分離した後、移動してユーラシア大陸にくっ付いた後に移動したと考えられているのだ。原猿類と言う原始的な小型のサルが、中東やアラビア、シナイ半島など昔から砂漠だった所を通過してアフリカへ歩いて行ったと言うのか?マダガスカルに住む原猿類にアイアイと言うサルがいる。アフリカには近縁のサルは居ないが、インドネシアには居る。原猿類はインドネシアから海を越えて移動したのだ。海流はマダガスカルからアフリカ大陸に向かって流れており、アフリカからマダガスカルにやってくる事は至難の業だ。だからはっきりとアフリカから来たと言う生物は多くない。アイアイもワオキツネザルが5000kmの海を越えて渡っているのに、人間が渡れる筈がないと言うのは偏見と言うもの。


 ヒト科でもっとも原始的なテナガザルは東南アジアにしか生息していないのに、アフリカでテナガザルから類人猿に進化したなどと言う馬鹿な話を考えつくのはオカシイであろう。そして、類人猿からヒトが生まれたのなら、アジアで進化した可能性だって出てくるだろう。まあ、類人猿が生まれても、原人からホモサピエンスになって行くにはさらに長い道の
りが必要で、その間にアフリカへ渡った原人も多数いるかもしれない。だからミトコンドリア・イブまでアジアとは必ずしも言えないだろうが、しかし、可能性は どちらにもあると言う風にしておくのが無難ではないか。 中東のアラビア半島やシナイ半島は樹木が生い茂る森林地帯であった事は類人猿の生まれた1000万年前までは、なかったとされる。テナガ
ザルもオランウータンも歩いてアフリカに渡ることは無理だったであろう。


 全ての霊長目の祖先であると目されるツパイと言う動物がいる。これもインドシナ半島、マレー半島、スマトラ、ジャワおよびボルネオ島に分布するのである。小型の動物だから東南アジアから徒歩でアフリカまで行く事など出来ない。これらがアフリカに無いのだからアフリカに居る全ての霊長目はインドネシアから移ったのだ。


その辺の事を深く追求することなく、文化人類学が出来上がっている。


 インドネシアは火山国であり、大きな火山が数千万年の間に何度となく壊滅的な被害を齎したであろう。7万数千年前のトバ火山の爆発ではその火山灰は地球を覆い、地球の温度を5度も下げ、氷河時代到来のきっかけとなったと言う。トバ山噴火はインドにも1mもの火山灰を降らせた。しかし、熱帯多雨地帯の気候はその度に動植物を復活させ、多様な生物を育んできた。


トバ山の噴火
 7万4千年前人類は絶滅の危機にひんした。
それは他の動物においても同じだったであろうが、インドネシアのトバ山が大噴火をし、吹き上げられた火山灰によって太陽の光が遮られ、地球は寒冷化した。一気に5度くらい低温になったのである。
 別項 トバ山の噴火とウィルス 参照


氷河時代 トバ山の爆発により最終氷河期が訪れる。
 氷河時代最寒期には気温が10℃以上低下し、あらゆる生物が絶滅の危機に陥った筈である。熱帯に属するインドネシアでは全地球的気温低下にもめげず、様々な動物が繁栄をした。人類も同じであったであろう。
そして氷河期も同じ低温が続いたのではなく4万年前に一時的に温暖化する間氷期もあった。
 私は農耕は東南アジアで4万年前くらいから始まっていて、氷河時代の終わりとともに東南アジア人が世界に拡散したのではないか、と考えている。6千年前くらいには地球温暖化がピークに達し、東南アジア人達は緯度の高い北欧にまで達する。そこで高緯度低紫外線に対応して白い肌になる。東南アジアから農耕を携えて東アジアや北欧まで行ったのだ。欧州では土器などを伴う新石器時代と農耕が東アジアより遅れている。中国南部では7千年前から稲作が始まり、中東では7千年前から麦作が始まる(メソポタミア文明)。インドは9千年前に始まっていたとも言う。


 日本では三万8千年前から始まった後期旧石器時代はごく短い期間で終わり、一万五千年前に新石器時代が始まった。欧州は日本より8千年も遅いのだ。欧州は東南アジアからの距離が遠いからだ。アジアから行った人たちは、まず中東に行ったのではないか?アフリカの方が行きやすかっただろうが、砂漠地帯でとても住みにくい。アフリカ南部を除いてサバンナか砂漠しか無い。ここで人口を増やして世界へ出て行くなど考えにくい。


 東南アジアからどうやって欧州まで行ったかと言うと、船でインドまで渡った可能性が高い。東南アジア人は4万年前から船に乗って、沖まで出てマグロを釣っていた位、船の技術には長けていた。渡海説のネックは水分の補給が出来ない事で、水無しでは人間は1週間程度位しか生きられない事だ。 しかし水分の補給は魚を捕って食べれば何とかなる。魚は鰓から塩分を排出する能力があって、魚の体液は海水の塩分より薄く人間の体液とほぼ同じだ。


 2010年、南太平洋で酒を飲んで酔っ払った少年たち3人が故障したモーターボートに乗って漂流し、61日漂流したという事があった。救助されたとき、やや痩せていたけれど元気いっぱいだった。水は持っていなかったが、雨水と海水で渇きを補い、魚を獲って食べ、時にはカモメを獲って食べたこともあったと言う。2か月耐えられたら1年だって耐えられるだろう。2013年にも南米で遭難した男性が一年以上も漂流して南太平洋の島まで流れ着いたと言う事もあった。


 さらに遠い1万km以上のアジアからアメリカ大陸に渡ったのではないかとされるインデアンやインディオがいる。
彼らはモンゴロイドの血を引いている。蒙古斑も有る。通説では氷河時代にアラスカとシベリアが陸続きだった頃にベーリング海峡を渡ったのではないかとされている。氷河時代にはベーリング海峡は浅いのでシベリアとアラスカは地続きだった。


 しかし、北アメリカ大陸に1万4千年以前の人類の痕跡はない。ベーリング海峡付近の島にも人が住んでいた形跡がない。人が住んでいれば温暖化で陸地が失われても周辺の島に必ず人がいた痕跡が残るはずである。


 遺伝子を比較したところ同じ遺伝子系列でも、シベリアに住んでいる人と遺伝的に遠いから、ベーリング海峡にあった陸地(ベリンジア)で一万年くらい過ごした後にアメリカ大陸に渡ったのではないかなどと言われている。私はシベリアとアラスカで遺伝的に遠いのはアメリンドはシベリア経由で渡ったのではないからだと思う。氷河時代にベーリング陸峡を渡ったと言うのは嘘だ。


 温暖化して海進が始まって来れば北へ行く人も現れ、その頃にまだベーリング陸峡が残っていたら、其処を歩いた人間も居たかも知れない。ベーリング海峡は水深が50m位と浅いので陸峡は比較的後まで残っていた可能性がある。


 1万4千年前なら歩いて渡れた可能性もあり、しかも温暖化の途中で動物も植物も北上している時代で、人間も自然の摂理に即してシベリアからアラスカに渡ったとしても不思議はない。そのさい、比較的寒い地域に慣れた人が再び南下して南米まで移動するかという問題がある。寒冷化に適応した人間が温暖化の最中に南下したと言うのは自然の摂理に反するのだ。


舟で移動
 私は船で直に太平洋を渡って南米に渡ったと考える。
考古学的にも南米の方に古い遺跡がある。
4万年前のブラジルから人骨が発見され、それはアボリジニの物とよく似ているとブラジルの考古学者が発表している。4万年前に北米大陸に何の痕跡も残さず陸路を渡ってブラジル迄来たなどとは考えられないだろう。舟で来たのだ。


 近頃南米人にオーストラリア先住民のアボリジニの遺伝子が多く含まれている事が明らかになって来た。アボリジニの遺伝子は北へ行くほど少なくなっている。縄文人にも日本人にもアボリジニの遺伝子がある。サフルランドから船を使って、一方では南米に、もう一方は日本に来たと考えるべきだろう。ニューギニア島からは赤道の上を海流が南米に向かって流れている。その少し北へ行けば赤道海流が北へ、日本列島に向かって黒潮が流れているのだ。


シベリア廻りでアラスカに渡り、北米大陸を南下して南米に辿りついたと言うのは、人間が海を越える事は無いと言う固定観念に囚われてしまっているからなのだろう。

原人の誕生

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原人
 アフリカから様々な猿人原人の化石が出土しており、これが現生人類の生誕地がアフリカであると言う説の有力な根拠となっている。


 しかし、人類の直接の祖先はエレクトス(ジャワ原人)であり、ホモ・エレクトスは190万年前前から現生人類の誕生直前30万年前(人によっては数万年前)まで生き残っていたと考えられている。その他の猿人原人は150万年前位に殆どが絶滅している。
アフリカで見つかる原人の骨は偶々その辺に転がっている骨が原人の骨と言う事で生活感が無い。アジアの多くの地域で見つかる原人は洞窟で生活していた。
エレクトスの化石は広い範囲で見つかっているが、アフリカにはない。一番多く見つかっているのはインドネシアからである。日本と同じように火山が多く酸性土壌のインドネシアでエレクトスの化石が一番多く見つかっている事を考えれば、アフリカよりインドネシアに源流があった可能性が高いのではないか。


 アフリカにしろ、ヨーロッパにしろ、単発的に古人骨が出土するけれど、インドネシアのジャワ原人のように長年に渡って同じ地域に棲息していた例は無い。ジャワ原人は、長年に渡って海底に沈んでいた土地が海底隆起で陸になった場所から発見された物なのだ。その地域には、氷河期にはスンダランド、サフルランドと言う大陸があって、今は温暖化の海進によって大部分が海底に有る。何度も訪れた氷期や温暖化の陸地が大きかった時代にサフルランド、スンダランドで原人や人間が生まれ、陸地が後退した時代に海流によってアフリカや中東に原人も新人も何度も流れて行った。アフリカで生まれたのではない原人や新人の骨が、幾つもアフリカで発見されたと言う事はそう言う事なのではないか?


旧人(ホミニン)
 原人から進化して旧人が生まれる。ほぼ現生人類と変わらない知能などを持ち合わせていたと信じられている。
その現生人類と違う系統の人類にネアンデルタール人と、デニソワ人がいる。いずれもエレクトスから40~70万年前に分岐したと考えられている。


 ネアンデルタール人の骨は欧州で沢山見つかっている。現生人類より体も頭も大きく、脳容量も多かった。ヨーロッパではアジアから後期旧石器が齎される前は現生人類より高度な石器を使っていたらしい。ネアンデルタール人の人骨から抽出されたDNAによれば肌色が白く、髪の毛も金髪だったようだ。たぶん北方でしか生きられない人種だったようだ。


 ネアンデルタール人と現生人類は殆ど全く交わることなく生活していて、3万年前位に滅んだとされているが、最近、現生人類のDNAの中に2~3%の遺伝子が紛れ込んでいる事が判った。東アジア人やヨーロッパ人にこれがある。アフリカ人にはこれが全くないと言う。ネアンデルタール人がどこで生まれたにしろ、南方では生きられない人類なのでアフリカ人と交わるチャンスが無かったのだろう。例えば極端な寒冷化の際は南方には行けないから、氷河時代の最寒期には滅ぶしかない。


 一方、デニソワ人の人骨は中央アジアのアルタイ地方にあるデニソワ洞窟の4万年前位の地層から見つかった。全身骨格が見つかっていないのではっきりした事は判らないが、ネアンデルタール人と近種であるとされる。これも東南アジア人に沢山の遺伝子が残っている。デニソワ洞窟からはその下の地層からネアンデルタール人の化石も見つかっている。洞窟で見つかったデニソワ人は近親婚を繰り返していたらしい。ネアンデルタール人も少人数で各集団が孤立して生活いていたと言われ、やはり近親婚が多かったようである。このあたりが絶滅の原因か。ひょっとすると北京原人の末裔かも知れない。


 ネアンデルタール人の遺伝子が現生人類に齎されたのは、ネアンデルタール人が同族の中で伴侶を見つけられず、雄が現生人類との交雑を選んだからであろう。デニソワ人の遺伝子が東南アジア人に多く有るのも絶滅前に雄が現生人類と交雑したと考えられる。デニソワ人も似たような感じだったかもしれない。


 ネアンデルタール人の骨が欧州で多く見つかった事からネアンデルタール人はホモサピエンスより早くアフリカを出て欧州に展開したと思われていたが、現生人の遺伝子を分析したところ東南アジア人にネアンデルタール人や、とりわけデニソワ人の遺伝子が多く含まれることが判って、ネアンデルタール人もデニソワ人も東南アジアにいたのではないかと思われるようになってきた。
現生人類のアフリカ一元説も当然揺らいできている。


 もう一つインドネシアのフローレス島の洞窟から身長1mほどの小人の人骨が見つかり、1万2千年前まで生きていた事が判った。インドネシアでは古人骨から遺伝子の抽出が難しく、遺伝関係が良く解らないが、脳容量も現生人類の半分くらいしかないのに高度な石器を使っていて、現生人類の亜種ではないかとも言われている。東南アジアには130cm位の身長のネグリトと言う人も棲んでいる。ネグリトとフローレス人は近種かもしれない。そして9万年前からその人たちは居たとされているのである。現在でもインドネシアの島々には1.3mから1.5mと言う身長の低い人が棲んでいて、みなホモサピエンスである。フローレス人は2万年前には、日本の先新石器時代(1万5千年前と言われる)の細石刃石器を持っていたらしい。


 他にもオーストラリアでは新人らしい人骨が出た地層より上の地層から旧人らしい人骨が出たりと、東南アジアを中心に新人と旧人が入り乱れて生活していた可能性がある。東南アジアに多くのデニソワ人の遺伝子が残っているのもその為であろう。遺伝子の多様性はアフリカではなく、東南、南アジアなのだ。


新人類がアフリカを出たのは5万年前とも7万年前とも言われているが、フローレス島に棲んでいたホビットが新人類なら、明らかに人類アフリカ生誕説は間違いである。


アンダマン島のネグリト
 アンダマン島のオンゲ族、シャラワ族など、日本人の持っている性染色体Y-DNAが日本のアイヌや沖縄人が色濃く保持していて、本土人も40%が持っているY-Dを100%持っている事で有名だが、ミトコンドリア遺伝子を詳細に調査した結果、その由来はアフリカを出た人類が東南アジアに向かう途中ではぐれてアンダマンに残ったのではなく、東南アジア(インドネシア)から行った人間である事が判った。


しかも、その遺伝子には未知の人類(ホミニン)の遺伝子が入っている事も判った。


東南アジアにはこれも良く解らない、フローレスシエンシスと言う極めて小さい人間が棲んでいて,数万年間に絶滅した事が判っている。アルタイの山中で見つかったデニソバンと言う旧人も、東南アジア人に多くの遺伝子を残しているので、元は東南アジアに居た可能性が高い。


東南アジアには多様な初期人類ホミニンが居たのである。人類の発祥地がアフリカではなく、東南アジアの可能性が高い事になろう。(2018.2,15)

人類の発祥地

異端の人

人類の発祥地
 古代を語るには何時何処でどのようにして人類が生まれたか、を考えていかなければならない事が判ってきた。


日本人のルーツを検討する前に人類が如何にして生まれたのか考えてみよう。


 通説ではアフリカで人類が生まれたそうである。アフリカのケニヤ辺りから古い猿人や原人の化石が多く発掘されていて、これが人類に進化したと言うのが通説になっている。アフリカで発祥した人類はある時、アフリカを出発して世界中に分散する。世界中の人類のmtDNAを遡って追って行くと10万年前か20万年前にアフリカにいた一人の女性に辿りつくと言う仮説だ。これは、多くの学者の支持を得ているらしい。そして各地で進化をして白人黒人黄色人種など様々な人種が生まれたという。


 これは多くの学者に支持され通説になっている。
私はちょっとこれに疑義をはさみたい。


 以下、定説となっている事がらについて異論を挟むので説明が冗長になってしまうが我慢してほしい。


人類の生誕地


  近年、古人骨からDNAを読みとる技術が飛躍的に発展し、様々な事が判って来た。
現代人類がアフリカで誕生して世界に拡散したと言うストーリーに疑問が芽生えようとしている。


東南アジアにはインドネシアを中心に様々な人種が住んでいる。ネグリト、モンゴロイド、オーストラロイド。多くのの人種がここに居るのだ。一方、アフリカにはネグロイドと言われる人種しかいない。


しかも、Y-DNAの移動マップによると、アフリカの人の殆どが出アフリカした後の出戻りとされている。ミトコンドリア・イブ仮説が出された頃はY-DNAの移動についての情報は無かった時代である。アフリカにはmtDNAに多様性がある。多様性のある所が震源地であると言うミトコンドリアイブカ仮説の主張は、出戻りが沢山居たのだから根拠にならない。


インドネシアには近世まで未知の原人が多数いた形跡も有る。
一万年前に絶滅したと言われるホモ・フロレシエンシスとか。
アンダマン諸島にいるネグリトはミトコンドリアゲノムの分析から実際はインドネシア方面から行ったのではないかと言われているが、彼らには複数の未知の人類の遺伝子も含まれる。
オーストラリアでは三万年前のホモサピエンス人骨の上層に2万年前の原人らしき人骨。


 動植物の種類もアフリカを圧倒する種類がいる。
有袋類やカモノハシのような全く理解に苦しむような生物が居たりする。
*哺乳類は鳥から進化したと言われている。であれば卵で子を生み、乳で育てるカモノハシは最初の哺乳類にふさわしい。鳥のような口ばしも持っている。そして、最初の哺乳類はモグラのような形をしていたともいわれる。まさにカモノハシはモグラにも近い形をしている。インドネシアでは色々な生物が突然変異を起して進化をしている。人類もここで発祥して広がってもよいではないか?


 そもそも哺乳類は、アフリカがユーラシア大陸とくっ付いていない時代にユーラシア大陸で生まれ、ユーラシア大陸と繋がった後でアフリカに移動したものなのだ。


キリンの様な変わった動物もいるが、アフリカは生物の多様性も少ない。
多様性のある所が発祥地である可能性が高い事は言うまでもない。


人に近いのはチンパンジーではなくオランウータン


 私は故宮沢喜一元総理を見てオランウータンにそっくりだと思った。チンパンジーは人間にあまり似ていない。だから直感的に人類はオランウータンと同祖先では無いかと思った。


人類の祖先に近い動物としてチンパンジーやゴリラ、オランウータン、ボノボなどがいる。この内オランウータンのみがインドネシアに生息している。オランウータンは森に特化した生物で森林が無くては生きて行けない。このオランウータンはアフリカから来たのであろうか?


  いや、彼らはアフリカをでてその途中に待ち構える様々な困難に打ち勝ってインドネシアまで来る事など到底できない。彼らは初めからインドネシア近傍で発祥し、そこで繁殖していたと考えるべきである。オランウータンやチンパンジーはテナガザルから進化したとされる。ところがテナガザルも東南アジアにしかいない。であれば、テナガザルから進化したチンパンジーも本当はアジアに居たのではないか?少なくともアジアに居たオランウータンが何かのはずみでアフリカに渡り、チンパンジーに進化したと考えるしかないのではないか?


 チンパンジーが、歩いてインドネシアまでやって来てオランウータンに進化したとは到底思えない。ほぼ同時に分岐したのだとすれば、どこかにその地点がある。
これらの大型類人猿の祖先と言われるテナガザルもアフリカにはいない。インド~インドシナに生息している。
 チンパンジーの方が環境適応力が高いのだから、突然変異でオランウータンが生まれても、チンパンジーが死に絶え、オランウータンが生き残る事など考えにくい。オランウータンはインドネシアで生まれ、そのまま現代に至っているのだ。オランウータンがインドネシアからアフリカに渡ってチンパンジーやゴリラになったのなら、人間がインドネシアからアフリカに渡った可能性だってあるだろう。


 ただ、この仮説が成立するのには今のところ証拠が少なすぎる。


 アフリカでは沢山の猿人・原人の骨が発見されているから、人類がアフリカで生まれたと言う説が有利である事は言うまでもない。しかし私は納得できない。インドネシアは日本と同じように火山国だ。だから土は酸性で、動物の骨も残りにくい。だからジャワ原人などの化石も洞窟の中からしか発見されていない。アフリカの方が猿人や原人の骨は残りやすいから沢山見つかっているに過ぎないのではないか?ジャワ原人がアフリカの原人と全く無関係に独自に生まれたと考える事も無理なのではないか?ジャワ原人もアフリカで生まれてジャワまで移動したのだろうか?


中間の中東やインドに何の痕跡も残さずにジャワまで移動する事も徒歩ではありえない。
何かに乗って海を移動したのであれば痕跡を残さないで移動が可能だ。
そしてインドネシアからはアフリカに向かって赤道海流が流れている。


 人類に一番近い動物はチンパンジーだと思われてきたが、オランウータンが一番人間に近いという説を発表したアメリカの学者が現れた。


『シュヴァルツのヒト・オランウータン最近縁説〔1〕


http://www.sciencedaily.com/releases/2009/06/090618084304.htm


 ピッツバーグ大学の芸術科学学部人類学教授であり、世界科学芸術アカデミー議長でもあるジェフリー・シュヴァルツとバッファロー博物館科学学部長のジョン・グリハンは、現存する類人猿と化石猿人の身体的特徴の詳細な解析を実施して、ヒトとオラヌータンと化石猿人はチンパンジーとゴリラとは異なる1グループに属することを示唆した。然る後、彼らは、ヒト~オランウータンの共通祖先がどのように東南アジア(現在のオランウータンの生息地)と他の地域の間を移動し、またその共通祖先がどのように今では絶滅した霊長類と初期のヒトに進化していったかということを示すシナリオを構築した。この研究は、シュヴァルツがその自著「赤いサル:ヒトとオラヌータンの起源、改訂版」(ウェストビュー・プレス発行、2005年)に提示したヒト~オランウータン同類説に対する更なる証拠を示すものである。


 シュヴァルツ&グリハンはヒトと他の大型類人猿(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)との間の進化関係を示す証拠として提唱されてきた何百にもわたる身体的特徴を精査して、このグループだけに属し、他のサル類には存在しない63項目の特異的特徴を選び出した。解析結果によれば、これらの特徴のうち、ヒトはチンパンジーと2項目の特異的特徴を、またゴリラとは7項目の特異的特徴を、またチンパンジー、ゴリラ、オランウータンの3者とは7項目の特異的特徴を共有するに過ぎないのに対し、オランウータンとは28項目もの特異的特徴を共有している。一方、ゴリラとチンパンジーは11項目の特異的特徴を共有している。


 次に、シュヴァルツ&グリハンはヒトと化石類人(アウストラロピクテスなどの原始人)・化石霊長類との特徴共有性を検討した。その結果、彼らは、オランウータンはアウストラロピテクスなどの化石猿人と8項目の特徴を共有し、アウストラロピテクスだけでも7項目の特徴を共有していることを見出した。アウストラロピテクスにオランウータンの特異的特徴が認められることはヒトの祖先はチンパンジーと相同性を持つはずだとするDNA分析に依拠する予測とは矛盾するものである、とシュヴァルツ&グリハンは述べている。一方、チンパンジーとゴリラは、すべての大型類人猿に認められる特徴だけを共有していた。』


『シュヴァルツ&グリハンは、ヒト、化石猿人、およびオランウータンが同様の厚いエナメルに覆われた歯を持っているところから、これら3者を“歯型ホミノイド種”という名でグループ化した。また、彼らは、チンパンジーとゴリラを“アフリカ類人猿”としてグループ化したが、「生物地理学誌」では、“アフリカ類人猿”はオランウータンよりもヒトから疎遠な存在であるばかりでなく、多くの化石猿人よりもヒトから疎遠な存在である、と述べている。


 シュヴァルツ&グリハンも、早期ヒト種と化石猿人の遺骨のは主にアフリカで見出されるのに対し、現代のオランウータンは東南アジアでしか見い出されないことは認めている。このような同種の遠隔異地分パおよびアジアの間を移動していたと説明されている。すなはち、ヒマラヤ山脈形成前の地層に含まれる植物化石は南ヨーロッパ~中央アジア~中国南部には森林帯が広がっていたことを示し、歯型ホミノイドの祖先たちはこの広い地域を回遊していたが、その後、地殻が変動し地域的生態環境も変化すると、歯型ホミノイドは相互に隔絶した二つの地域に分離して生息することになった、と彼らは説明している。


 シュヴァルツ&グリハンはこのヒト~オランウータン共通祖先の分布に関する理論をヒトとチンパンジが最近縁であることを前提にして生み出された理論と比較している。50万年前以前のアフリカにアフリカ類人猿が生息していたことを示すの化石が見つかっていないために、ヒト~チンパンジー論者は現存のアフリカ類人猿はアフリカからヨーロッパに移住した早期アフリカ類人猿の子孫であるとする組入ったシナリオを考えた。つまり、このシナリオに従えば、ヨーロッパにいた類人猿が2つのグループに別れ、その一はアジアに移動し、その二はアフリカに行き、ヒトと現存するアフリカ類人猿になったということになる。シュヴァルツ&グリハンは、このシナリオは骨形態データとも地理的分布データとも合致しないと批判している。 』


『ロンドン自然史博物館の元館長で「人類進化の完全世界」(トーマス&ハドソン出版、2005年)の共著者でもある古人類学者のピーター・アンドリュースは、シュヴァルツ&グリハンは自分たちの理論をサポートする適切な証拠を提供していると述べている。アンドリューズ自身はこの研究に関与していないが、その内容には精通しているそうで、彼は次のように述べている。


 "シュヴァルツ&グリハンは、彼らの解釈の根拠になるだけの十分な骨形態データを持っており、彼らの解釈は真剣に取上げられる必要がある。もしも、彼らの解釈によって分子生物学者と骨形態学者たちの間に論争が再開されることがあるならば、それは望ましいことである。シュヴァルツ&グリハンはヒトと類人猿との関係に関する現在の通説(ヒト~チンパンジー論)に挑戦しているのであり、彼らの結論が批判を浴びることは間違いないだろう。しかし、私は、そのような論争が建設的に行なわれることを願っている。なぜなら、科学というものは疑問に答え、研究の結果を検証してゆくことによって進歩するものだからである“。


 シュヴァルツ&グリハンが「生物地理学誌」で主張していることは、ヒトとオランウータンの間にある明確な身体的類似性がヒトとチンパンジーとをリンクさせようとする分子学的な解析によって長い間看過され、しかも、それらの分子学的な比較は往々に誤っているということである。つまり、遺伝子の相同性が必然的に進化系統になることを証明する理論は存在しない。また、これまでの分子学的研究では往々にしてオランウータンを対象から除外し、オランウータンを外類化する適切な根拠もなくチンパンジーを比較対象の類人猿として選んでいる。さらに、遺伝学的類似が意味する概念と矛盾するような分子学的データは無視されている。彼らのそう主張しているのである。


 また、アリゾナ州立大学の種探査国際研究所のマルテ・エバック(彼もシュヴァルツらの研究には関与していないがその内容に精通している)は次のように述べている。"シュヴァルツらは分子データの当然批判があってもよい点を適切に批判している。古人類学はもっぱら骨形態に基づいて築かれてきたが、DNAデータが骨形態データよりも優れているとする科学的妥当性も存在しない。それにもかかかわらず、分子データだけから得られたヒト・チンパンジー最近縁説が何の検証もされずに定説となってきた。シュヴァルツ&グリハンは単にヒト・オランウータン最近縁説を提起しているだけではなく、既存のデータを適切に調べてゆくいうこれまでに確立されてきた科学的方法の重要性を再主張しているのである“。 』


 インドネシアで生まれインドネシアでしか生活できないオランウータンに一番近い動物が人間なら、人間はインドネシアで生まれたとしか考えられないではないか。チンパンジーは二足で立つ時も膝が曲がっているが、オランウータンは立つときにはスックと膝を伸ばす事ができる。


オランウータンの方が遺伝子的にも人間に近いという研究がある事が判った。


http://www.sciencedaily.com/releases/2011/01/110126131548.htm


日付:2011年1月26日


出典:コールド・スプリング・ハーバー研究所


要約:新しい研究では、オランウータンのゲノム配列の出版と連携し、科学者たちは、チンパンジー、オランウータンと人間が、より遠縁であるが、私たちのゲノムの一部の地域は私達の最も近い生きている相対的なものよりも似ているという驚くべき発見を発表している。
それによれば incomplete lineage sorting (ILS)「不完全遺伝子系統仕分け」と言うものがあって、進化の過程を追跡する事ができる可能性が指摘され、オランウータンの方が人類に近いところで分岐した。(
哺乳類は受精卵が子宮の中で大きくなる過程で進化の後を辿りながら大きくなって最後に人間の形になって子宮から出てくる。その過程を表すILSが人間とチンパンジーよりオランウータンの方が近いと言うのだ。)
似た遺伝子の数だけ並べればチンパンジーが人間に近いのだろうが、(ILS)的にはオランウータンの方が近い所がある。と言うのだ。それこそが人間の祖先を決める上で最も重要な所ではないか?


http://d.hatena.ne.jp/tgojobor/20120107/2012010704
 祖先集団であった時間の長さとその集団の有効サイズ(有効個体数)に、祖先集団における多型の程度が強く依存するので、それらがILS(「不完全遺伝子系統仕分け」)の程度を決める決定的なパラメータになります。
 その意味では、ミトコンドリアゲノムのほうが、核ゲノムより、集団の有効なサイズがハプロイドである分小さいので、ILS(「不完全遺伝子系統仕分け」)が起こりにくく有利に見えます。しかし、ミトコンドリアでは、gene leakage(遺伝子漏れ)や遺伝子のセット置換などが起こり、ミトコンドリアゲノムに基づく系統関係の推定は、「極めて危険」な状況を作り出すことがあり得るが分かってきました。したがって、ミトコンドリアゲノムだけで、系統関係の正確な推定が本当にできているのかという強い危惧を抱くようになってきました。


チンプと人間のゲノムの差が2%と言うのは大ウソ


 チンパンジーと人間のゲノムを比較すると98%が一致していると言う研究発表があり、みなを驚かせると共にやはり人間はチンパンジーから進化したのだと信じられた。しかしこれはインチキである事が判った。

「遺伝子情報を文字に書き起こして比べてみます。
人間にあるけれど、チンパンジーにはない遺伝子情報やその逆もあり。
それ以外の部分は、塩基配列はごく一部が違うだけでほとんど同じ。
これらの違いを科学者がどう捉えるのかが、99%一致説の鍵を握ります。
塩基配列のわずかな違いは一つずつ数え上げることは可能。
では、まったく違う部分はどう扱えばよいのでしょうか?
例えば、人間とチンパンジーとで記述自体は共通しているけれど、人間では2回繰り返す場合はどうでしょう。
これらをすべて1文字ずつ違うものとして数え上げるべきか……
同じパラグラフでも異なる場所に現れている場合はどう考えるべきか?
文字列の順序が反対の場合は?
文を区切れば一致する場合はどうか?……など判断が難しい場合がたくさんあります。
この難問に対する科学者の回答は……
なんと、「大きく異なる部分は切り捨てる」という大胆な方法。
一方、残った24億文字だけを考えて……
比較した結果が「98.77%の一致」というわけです。
つまり、人間の25%のゲノムとチンパンジーの18%のゲノムを無視して、残りの部分だけを比較して出されたのが「人間とチンパンジーはDNAが99%一致している」という99%一致説なのです。

つまりは、DNAの情報がほとんど同じであることをもって、生物学的に「近い」とは言えないということ。
しかし、DNA情報を調べることに意味がないかと言えばそうでもありません。DNA情報はその動物が進化してきた「歴史」を記録している情報として非常に大きな意味を持っています。』
実は膨大なゲノム配列の内に似ている所と似ていない所があり、全く似ていない所は比較しようも無い。そこで似ていてちょっとだけ違う比較しやすい部分だけを比較したのだと言う。比較されなかった部分は人間のゲノムの25%、チンパンジーで18%を除外して比較したと言うのである。(似ている部分だけ比較したらバナナと人間の遺伝子の違いは60%と言う。)


 除外された部分に祖先を表す重要な部分があるのではないか?それが前述したILSも、で有ろう。
 そもそも人間とチンプの間に似ても似つかない部分が多々ある。2%程度の違いである筈がないのだ。
2~5%なら同じ人間同士でも違いがある。
例えばアフリカ人にはネアンデルタール人の遺伝子は全く入っていないが、欧州人には1~2%の遺伝子が混ざっているという。ところが東アジア人には4%ものネアンデルタール人の遺伝子が混じっているのである。
さらにバイカル湖付近のデニソワ洞窟から見つかったデニソワ人の遺伝子は欧州人にはほとんどなく、東南アジアのアボリジニやネグリトから8%もの高濃度で遺伝子混入がみられる。


血液型


 なぜかチンパンジーに発見されるのは ほとんどA型ばかりで O型はまれにあるが B型は皆無という。
 逆にゴリラはB型のみで A型 O型はまったくない。 ところが ヒトから遠いはずの オランウータンには A型 B型 O型 AB型 全部がそろっている。


もちろん、始めはゴリラもチンプもA,B,O全ての血液型を持っていて、何かの理由で全滅したと言う可能性もなくはない。


しかし、類猿人の存続にとって血液型は中立だから、何らかの血液型が消えてしまう理由は思いつかない。


 血液型において多様性のあるのはオランウータンであり、人間なのだ。 アフリカにいる類人猿はオランウータンから分岐したのではないか? 始祖効果と言うのがあるから、ゴリラはオランウータンのBから生まれたれた。チンプはオランウータンのAから生まれたと考えるのが妥当ではないか?多様性のある方が原点。
人類はすべての血液型を持っているので、チンパンジーから生まれたとは考えにくいのではないか?


 話はこうだ。何らかのはずみでアフリカに流れ着いたオランウータンはアフリカでは生きていけないから、ゴリラやチンプに進化した。そして、人間はアジアに残ったオランウータンからアジアで分岐したと考えるのが妥当であろう。 血液型が何らかの免疫力と関連し、ABOのどれかが絶滅するような事があり得ても、アフリカでゴリラとチンプに反対の血液型が残るのはオカシイ。
ちなみにオランウータンの祖先のテナガザルにはO型が無く、AとB、ABだけだそうである。O型の血液型が出来るきっかけが人類の誕生に何らかの関係がある可能性がある。O型の血液型はA型、B型の両方に対する抗体を持っており、逆にA,.B型はOに対する抗体が無い。最後に生まれた血液型であろう。人間の持っている全ての血液型を持つオランウータンが人間の祖先である可能性が高い。


 東南アジア人にはO型の血液型が圧倒的に多い。欧州人も。
東アジア人だけがAが大。
新モンゴロイドがA型で大陸で増えそのA型が侵略で東アジアに広まったと考えられる。